特産ヒノキのJAS製材を用いて、趣ある街並みになじむ宿泊施設

特集 木材の可能性を拓くJAS構造材(4) 日経 xTECH Special


木造の新工法開発につなげた「美馬旅館はなれ 木のホテル」

高知県四万十町の「美馬旅館はなれ 木のホテル」は、地元のヒノキ製材で組み上げた独特の架構を取り入れ、開放的な木造建築を実現している。柱と横架材、垂れ壁、腰壁を一体化した「壁ラーメン構造」という新しい工法だ。その実現のためにJAS製材を用いた。意匠・構造設計を手掛けた2氏に、設計の意図や構造の仕組みなどを語ってもらった。
 高知県南西部に位置する四万十町は、2006年に近隣3町村が合併して生まれた。合併前の旧窪川町は、交易の要衝として古くから栄え、今も各所に往時を偲ばせる家並みが残る。なかでも、市街地の南にある四国八十八カ所霊場第37番札所、岩本寺に通じる参道の界隈は、歴史を色濃く感じられる。
 
 そんな参道沿いに立つのが2018年末にオープンした「美馬旅館はなれ 木のホテル」だ。参道に面して低く軒を構える木造2階建ての建物に7室の客室が入る。名称にある通り、この宿泊施設は1891年(明治24年)に創業した美馬旅館の“離れ”として建てられた。参道の向かいにある本館は1937年(昭和12年)に完成した伝統木造の地上2階建てで、作家の林芙美子など多くの著名人が投宿してきた歴史と格式を持つ。

 新たに建てられた美馬旅館はなれ 木のホテルは、客室ごとに鍵をかけられるホテル形式の宿泊施設だ。

 「より多くの人たちに窪川の町で宿泊して欲しいという意図で、ホテル形式の宿泊施設の設計を依頼されました。利用形態はホテルですが、歴史ある街並みと調和するように、軒先や建物のスカイラインを意識しつつ木造で設計しました」と、設計した建築設計群 無垢(高知市)の代表取締役、相坂直彦氏はそう説明する。

 

JAS製材を使った品質担保。ヒノキのブランド化にも協力

 建物の構造は在来軸組み構法によるものだ。構造材には、地元で伐採されたヒノキのJAS製材を用いた。建物の規模などからすると、必ずしもJAS材を使用する必要はないが、あえて採用したのにはいくつかの理由がある。

 その1つは、木材の品質を担保できる点だ。「構造計算をする立場からすると、無等級材を使うよりも、品質の裏付けがあるJAS材を用いるほうが安心です。同じ四万十町内にある製材工場が、機械等級区分などのJAS認証を持っていたこともあり、JAS構造用製材のヒノキを使うことにしました」。構造設計を担当した北添建築研究室(高知市)代表の北添幸誠氏はそう話す。

 もう1つの理由は、四万十川流域の自治体が、地元で産出されるヒノキのブランド化を図っている点だ。四万十川流域は古くから良質なヒノキの産地として知られてきた。そのヒノキを地域のブランドとして売り出していくために、四万十町のほか、四万十市と中土佐町、三原村の4市町村が協定を結び、2011年に「四万十ヒノキブランド化推進協議会」を立ち上げ、取り組みを進めていた。

 美馬旅館はなれ 木のホテルは、そうした地域の取り組みとも連携した。

 「ブランド化の推進には、製材品質の確実性が重要であり、それにはJAS規格が大きな役割を果たします。今回使用したJAS材は大きなコストアップもなく品質が担保されたので、クライアントにも理解してもらえました」と、相坂氏は話す。
 

①ガラスの開口部が続く正面外観。町家のように低く軒を構え、通りに面して開放的なつくりとした。前面道路は、四国八十八カ所霊場第37番札所、岩本寺の参道
②壁ラーメン構造を取り入れた開放的なホール。150mm角のヒノキ製材の柱が1900mm間隔で並ぶ。壁ラーメン構造は、長さ2500mmの柱、いずれも高さ600mmの腰壁と垂れ壁で構成
③エントランスを兼ねたホール。軸組みの架構は、四万十流域で取れるヒノキのJAS製材で組んでいる
④2階建ての建物に7室の客室が入る

 

新工法「壁ラーメン構造」の普及につながる取り組み

 JAS材を用いた理由はもう1つある。木造の「壁ラーメン構造」という新工法を取り入れたことだ。

 この建物の計画が動き始めた頃、高知県林業活性化推進協議会が、県産材を活用した木造の新工法の1つとして壁ラーメン構造の開発に着手していた。柱と横架材で組む四角いフレームの内側に、面材の腰壁と垂れ壁を組み入れることで、壁ラーメン構造を構成するものだ。木造フレームにより大きな開口部をつくりやすいといったメリットがある。

 「この建物のコンセプトに合致するところがあったので、壁ラーメン構造の採用を検討し、より具体的に意匠性や施工性を検証してみようと思いました」と、相坂氏は振り返る。

 設計では1階の構造に壁ラーメン構造の発想を取り入れた。その形が、完成後も現れた箇所が、参道に面したガラス張りのホールだ。1.9mスパンで150mm角のヒノキ製材の柱が並び、開放的なガラスの開口部が建物の角をまわり込んで続いている。そのほか、壁に隠れて見えない箇所を含め、この建物では高さの異なる3種類の壁ラーメン構造を用いた。

 「実大実験等によって壁ラーメン構造の性能は確認できていましたが、設計法としては確立されていなかったので、美馬旅館では壁ラーメン構造以外の一般的な仕様の耐力壁で壁量を満足するように設計した上で、余力として壁ラーメン構造の耐力を考慮しています」と、北添氏は説明する。JAS材を採用したのも、壁ラーメン構造を想定して、品質が担保された構造材を用いる必要があったためだ。その後、高知県林業活性化推進協議会は、この建物の設計や実証実験をベースに開発を進め、2019年3月に壁ラーメン構造の設計マニュアルを作成・公表した。

 「今後、設計者は品質をどう担保するのかが間違いなく求められます。JAS材の採用も含めて、そのことを実証するプロジェクトでもありました」。相坂氏はそう語る。

 
※役職は取材時のものです。

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